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横浜地方裁判所 平成9年(わ)1012号 判決 1998年3月18日

主文

被告人を懲役一〇年に処する。

未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、平成九年五月二一日午後二時五分ころ、横浜市中区山下町六番地一所在の株式会社ザホテルヨコハマ一階ロビーエレベーター前において、回転弾倉式けん銃二〇丁(平成一〇年押第四五号の1ないし10、14ないし23)を、これに適合する実包三〇〇個(同押号の11ないし13、24ないし26。ただし、六個は分解済み、二〇個は試射済み。)と共に携帯した。

(証拠)《略》

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、(一)本件けん銃及び実包発見に至った職務質問並びに所持品検査、さらに、これに基づく現行犯逮捕、押収はいずれも違法であって、右けん銃等は違法収集証拠として排除されるべきであるから、被告人は無罪である、(二)本件捜査は違法なおとり捜査であるから、本件では免訴又は公訴棄却あるいは無罪の判決がなされるべきであるなどと主張するので、以下検討する。

二  証人A、同B、同Cの各公判供述、被告人の捜査供述等の関係各証拠を総合すれば、犯行に至る経緯、犯行状況等として以下の事実が認められる。

1  被告人は、暴力団甲野会乙山一家丙川六代目丙川総業の幹部であるところ、平成九年三月ころ、暴力団員の知人(以下「D」という。)からけん銃一丁につき三ないし五万円の謝礼を出すのでけん銃の密売先を探すように依頼されて、これを承諾し、知り合いに声をかけて探すうち、同年四月ころ、別の物の取引に関して、知人(以下「E」という。)から横浜の暴力団員Aを紹介された。そして、まもなくEの仲介で被告人とAとの間においてけん銃三〇丁を取引する話が出た。しかし、別の物の取引がうまくいかなかったことなどから、このけん銃取引の話は自然立ち消えとなった。

2  右別の物の取引の件で損害を受けたAから強く金銭的要求を受けていたEは、その穴埋めとして、けん銃が警察に押収された際に警察から出される捜査協力の謝礼金をAに利得させてやろうと考え、同年五月中旬ころ、Aとのけん銃取引を被告人に持ちかけた。そこで、被告人は、Aに対し、電話でけん銃の売却方を申し入れ、AはEと連絡を取った上で、けん銃の買い手はいなかったものの、警察の謝礼金目当てにこれに応じたため、被告人も早急にけん銃をそろえることになった。

3  神奈川県警察本部生活安全部銃器対策課は、これに先立つ同月八日ころ、AあるいはEから、甲野会の男がけん銃の買い手を探しているとの情報提供を受けたことがあったが、このときは話に具体性がなかったので捜査に乗り出さなかったものの、その後、Eから同月中旬ころの前記被告人とAとのけん銃取引の情報提供を受けた際には、Aに捜査への協力を求め、その承諾を取り付けた。

4  被告人は、Aからのけん銃注文を二〇丁と思っており、その後、Dに連絡を取った結果、けん銃二〇丁が確保できたので、同月二一日午前二時ころ、Aに電話し、同人との間で、その日の午後に横浜で取引する旨の話がまとまった。Aは、朝になって警察に対し、「けん銃の取引は今日の午後になった。取引丁数は一〇丁である。」旨連絡を入れ、その後警察官と会って打ち合せた。取引の場所及び時刻は、株式会社ザホテルヨコハマに午後三時となったが、これは、Aと警察との打ち合わせをもとに、その後Aと被告人との間で決めたものであった。そして、Aは警察官了解のもとで取引をするホテルの部屋を予約した。また、Aの情報提供とは別に、同日午前一〇時三五分ころに、けん銃一一〇番に匿名の電話が入り、当日の午後二時ころ、ザホテルヨコハマでけん銃の取引が行われる、背の高いパンチパーマをかけた男であるとの情報も寄せられた。

5  被告人は、横浜の地理をよく知っている知人のFに横浜への同行を求めた上、JR小岩駅付近の路上でDと会って、けん銃一〇丁と実包一五〇個の入った手提げバッグ一個を受け取り、残りは取引直前に受け取ることにして、けん銃取引の事情を知らないFとともにタクシーで横浜に向かった。被告人は、同日午後二時前ころ、取引場所であるホテルに赴いた。Aは、予定よりも早く到着する旨被告人から連絡を受けており、ホテルの前で被告人を待っていたが、被告人がやってくると、予約していたホテルの部屋へ行くよう被告人に指示し、先に部屋に入って待っていた。被告人は、Dに電話し、ホテルの裏に行くよう指示され、Dの依頼を受けて車でついてきていた者から残りのけん銃一〇丁、実包一五〇個の入った手提げバッグ一個を受け取った。そして、被告人とFは、それぞれけん銃一〇丁及び実包一五〇個ずつが入った同型の白色手提げバッグを所持してホテルの中に入った。

6  神奈川県警は、取引場所に現れた被告人を検挙すべく、同日午後零時三〇分ころからホテル周辺において、警察官約三〇名を配置していた。午後二時すぎころ、待機していた警察官約一〇名がホテル一階エレベーター前で被告人らを取り囲み、被告人らに対して「これなんだ、けん銃だろう。」などと述べ、職務質問を開始した。これに対し、被告人が「知ってんなら開けてみろ。」「チャカだ。弾だ。」などと答えたことから、警察官が被告人の所持するバッグを開けたところ、中からけん銃一〇丁及び実包一五〇個が発見され、また、Fが所持していたバッグについても、被告人は「あいつが持っているのは俺のだ。」「開けていい。」などと述べ、Fも「俺は関係ない。」などと述べており、所持品検査の結果、けん銃一〇丁及び実包一五〇個が発見されたため、両名とも銃砲刀剣類所持等取締法違反の被疑事実により現行犯逮捕され、この逮捕に伴い合計二〇丁のけん銃及び三〇〇個のけん銃実包が差し押さえられた。

7  ホテルの部屋代は県警が負担した。その後、Aに対し、県警から捜査に協力した謝礼金五〇万円が支払われた。

三  以上の認定は、主として、証人A及び神奈川県警生活安全部銃器対策課課長代理である証人Bの各公判供述によるものであるが、これらは、いずれもその内容が具体的かつ自然であり、警察とAとの具体的協力状況等の供述しにくい点についても素直に供述し、供述できない点についてはその旨述べるなど供述態度も真しであって、いずれも全体的に信用性が高いと評価できる。

被告人は、公判廷において、五月一九日に被告人の方からいったんはけん銃取引を断ったのに、Aの執ような要求により二一日に取引を実行することになって本件に及んだ旨供述するのであるが、証人Aはこれを明確に否定する上、被告人も、捜査段階において、このような事情を全く述べていないこと、かえって、被告人は、捜査段階では、五月一九日はDと取引の段取りを話しあうなどしていた旨供述していたのであり、突然公判廷において前記のように供述するに至った合理的理由は何ら見あたらず、取引を断った理由として被告人が公判廷において述べるところ、すなわち、このような取引をしてもしょうがないと思ったというのも、単なる仲介者である被告人の意向によって取引を中止できるのか疑問であって、甚だ不自然であることなどに照らし、前記被告人の公判供述部分は信用することができない。

四  職務質問及び所持品検査の適法性について

1  弁護人は、被告人は友人と共にバッグを持ってエレベーターに向かっただけであるから、被告人には何らかの犯罪を犯しもしくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由があるとはいえず、本件職務質問はその要件を欠く旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、本件職務質問に至る経緯等として、警察官は、Aとの取引のため午後三時ころザホテルヨコハマに取引相手がけん銃を持参するという情報を得ていたこと、予定よりも早く到着する旨の連絡どおり、午後二時少し前被告人がタクシーでホテルに現れたこと、被告人は、情報どおり、背が高く、パーマをかけており、Aから部屋を指示された後、Fと共にそれぞれ重そうにバッグを持ってホテルに入ったこと、被告人及びFが所持していたバッグは同型同色の物であったことなどの事情の下においては、本件職務質問当時、被告人及びFについてけん銃等所持罪を犯していると疑うに足りる相当な理由があったことは明らかであり、本件職務質問はその要件を具備していたと認められる。

2  また、弁護人は、本件所持品検査について、被告人の任意の承諾を欠き違法であると主張する。しかしながら、前記のような所持品検査に至る被告人と警察官との具体的なやり取りの状況、本件所持品検査の前後にわたって被告人は何ら異議を述べていないこと、被告人は、捜査段階では、職務質問を受けた際、瞬間的にばれたと思い、あきらめて所持品検査に応じた旨供述していることなどに照らすと、本件所持品検査が被告人の任意の承諾に基づくものであることに疑いを容れる余地はない。

3  以上、本件職務質問及び所持品検査はいずれも適法であるから、その後の現行犯逮捕及び押収手続の違法をいう弁護人の主張はいずれも理由がない。

五  おとり捜査について

弁護人は、(一)被告人は捜査機関の協力者であるAに執ように要求された結果、いったんは断ったけん銃等取引の仲介を行うこととして本件犯行に及んだものであり、捜査機関は被告人に犯意を誘発させたといえる、(二)被告人の犯意を強化させたにすぎないとしても、捜査機関が犯罪創造に関与したといえるから、本件捜査は違法、不当なおとり捜査である旨主張する。

しかし、本件犯行に至る経緯、捜査状況として、前記認定のように、被告人は、そもそも、Dから依頼されてけん銃の売却先をあちこち探していたこと、被告人は、一時Aとの間でEの口ききでけん銃三〇丁の取引の話をしていたところ、この話が立ち消えになった後、再度Eの口ききがあってAに対しけん銃取引を申し込み本件取引が行われることになったこと、Aは、けん銃を買い受けたり、その仲介をする意思はなかったが、Eとともに警察に協力してけん銃を押収させ、謝礼金を利得しようと考えていたこと、神奈川県警がAに対し連絡を取るなどして積極的に本件に関与するようになったのは、被告人からAに対して本件取引の申込みがあった以降であること、その関与の程度は、Aに対して捜査に協力するよう求め、本件取引の具体的場所及び時刻をAとの間で決め、取引するホテルの部屋を確保し、謝礼金五〇万円を支払ったというものであったこと、警察の本件関与後、被告人が本件取引中止を申し入れたことやその後Aの方が執ように被告人に対し取引の実行を求めたことはいずれもないことが指摘できるのであって、以上の事実関係のもとにおいては、本件においていわゆるおとり捜査が行われたことは明らかであるものの、被告人は当初からDに依頼されてけん銃密売を仲介する意思を有し、その取引の機会をうかがう過程において、Eの口ききがあってAに対しけん銃取引の話を持ち込んだものであって、本件おとり捜査によって、被告人のけん銃取引についての犯意が初めて誘発、惹起されたものではないことは明らかである上、本件における捜査機関の関与の程度は捜査方法として不相当とまではいえないこと、本件のようなけん銃取引事犯は、暴力団等の組織を背景に極秘に行われるのが通例であり、直接の被害者もいないため、通常の方法による捜査では証拠の収集、犯人の検挙が非常に困難であっておとり捜査の必要性が高いことなどに照らせば、本件おとり捜査は捜査として許される限度を超えて違法なものでないことはもち論、著しく不当であるともいえないというべきである。したがって、弁護人の主張は理由がない。

六  以上より、被告人に判示のとおりけん銃の加重所持罪が成立する。

(累犯前科)

一  平成三年三月二〇日釧路地方裁判所帯広支部宣告

覚せい剤取締法違反罪により懲役二年六月

平成五年九月一九日刑執行終了

二  前科調書(乙一四)により認定

(法令の適用)

罰条 銃砲刀剣類所持等取締法三一条の三第二項、第一項、三条一項

累犯加重 刑法五六条一項、五七条、一四条

未決勾留日数算入 刑法二一条

訴訟費用負担 刑事訴訟法一八一条一項本文

(量刑の理由)

本件は、暴力団組員である被告人が、横浜市内のホテルにおいて、白昼、取引仲介目的でけん銃二〇丁を適合実包三〇〇個と共に持ち込んで携帯したという事案であるところ、ホテルという公共性の高い場所において非常に大量のけん銃及びこれに適合する実包を一緒に携帯したものであって、社会に対し極めて危険で悪質な犯行であったこと、主に報酬欲しさから安易に取引仲介を承諾して売却先を探し、本件犯行に至っており、その動機に酌量の余地はないこと、社会にけん銃等を拡散させる取引行為を前提としていたこと、被告人が累犯前科を含め多数の前科を有していることなどに照らすと、近時、銃器使用事犯が多発し、その取締りが強く叫ばれている折から、本件犯情は非常に悪く、被告人の刑事責任は極めて重大であると言わざるを得ない。

一方、被告人は当初から本件犯行自体については認めるなど反省していると思われること、今後は暴力団を離脱する旨公判廷において誓っていること、養うべき家族がいることなど、被告人のために酌むべき事情も認められ、これらの事情を総合考慮して、主文の量刑が相当であると判断した。

そこで、主文のとおり判決する。

(検察官 渡口鶇 出席)

(求刑 懲役一二年)

(裁判長裁判官 中西武夫 裁判官 松田浩養 裁判官 小島しのぶ)

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